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● 18年09月01日 ひょうきん弁護士

ひょうきん弁護士2 №18 弁護士40年の表彰を受けて(2012年事務所だよりから) その1



 弁護士40年の表彰おめでとうございます。安部先生が駆け出したったころはどんな時代だったのですか(ちなみに私はまだ生まれてないけど)?

安部 「私は労働者の弁護士になろうと思って、北九州第一法律事務所に入ったの。23期だったのだけれど、事務所には22期の入所者がいなかったので、事件がどさっとやってきて4月登録後、半年で70件の民事事件を持っていました。
登録して5年目のときには、民事事件が120件を超えており、うち30件が労働事件でした。午前10時の期日に代理人安部千春が6件。廷吏から「安部せんせーい。今度はこちらです!」と引っ張りだこでした。
そんな状況ですから、当然、事件の打ち合わせは平日の夜と土日になります。正月あけて1月4日から5月のメーデーまで1日も休まずに働いたこともありました。こうなったらヤケクソという感じでした。

 子どもさんと遊ぶ暇もありませんでしたね。

安部 長女は「どうして日曜日に仕事に行くの?」と泣きましたが、「お父さんは労働者がきちんと日曜日に休めるような社会を作るために働くのです」といって出かけました。

 子どもさんには深すぎて。意味がわかりませんねえ。そんな大変すぎる時期を経て、今の弁護活動かあるのですね。

安部 山のような事件と山のような仕事をタッタカ、タッタカとやり続けてきたので、とにかく仕事が早くなりました。まあ、天性の才能だとは思いますが。

「あさひ保育園」事件で整理解雇の4要件を獲得。

 先生得意の自慢話は何ですか?

安部 それは最高裁が正面から整理解雇の要件を示した「あさひ保育園」事件です。
労働組合員だった保母さんが解雇された事件でした。当時、全国の裁判所でも、地裁レベルでは整理解雇について労働者にいい判決が出ていました。しかし、最高裁判所の評判は今ひとつの時代だったので、この保母さんの事件も最高裁で勝負することに弁護団としてはためらいがありました。最高裁で負けると影響大だからです。そこで、私は保母さんに「和解しましょうか?」と持ちかけました。すると保母さんは「嫌です。最後まで闘います」と堂々宣言。

 肝が据わっていますねぇ!

安部 そう。当時、私の頭をよぎったのはピンクレディーの「サウスポー」♪男ならここで逃げの一手だけど、女にはそんなことはできはしない。弱気のサインに首を振り、得意の魔球を投げ込むだけよ。そうよ。勝負よ~♪
見事、勝負に勝ち、最高裁でも完勝。保母さんのおかげでもらえた勲章でした。この判例は菅野和夫東京大学教授の労働法の教科書に載っています。


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