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● 19年02月12日 とんとん日記

とんとん日記14



小学校4年生の女の子が父親からひどい虐待を受けて、幼い命が奪われました。連日の新聞報道などとみると胸が痛みますし、もしかしたら今この瞬間にも明日は我が身という家庭があるのではないか、あのとき逃げていなければ同じことになっていたかもしれないと改めて恐怖を感じている人も多くいるのではないか・・・。そんな思いが強くなります。

はじめの保護命令申立て事件のときも、妻は夫から殴る蹴るの暴行を何年も受け続けて、暴力を受けることが日常となっていました。毎日、怒られないように、苛立たせないようにそれだけを考えて生活するのですが、子どもが夜泣きをすれば怒鳴られる、幼児がご飯をこぼせばお前の育て方が悪い、自分はパチンコで浪費をするのに生活費が足りないのはお前のやりくりが悪いからだと暴力を振るわれる・・・。妻の努力ではどうにもならないことの連続でした。DV夫に共通しているセリフは「俺は仕事なんだから、夜泣きさせるな」「俺を怒らせるお前が悪い」「なんですぐに謝らないのか、俺を馬鹿にしているのか」「お前なんて社会に通用しない」・・・。こんな生活が続けば、自尊心なんて消えてなくなります。

また、DV夫には避妊をしてくれない人が圧倒的多数のため、あっという間に子だくさんになります。体調が悪くても拒めば機嫌が悪くなり、叩かれる、避妊なんて面倒くさいことはしない、妊娠しておけば妻は浮気しないだろう・・・。子どもたちはお母さんが目の前で罵倒され、叩かれるのをみて育ちます。子どもたちにも「こんなお母さんの子どもでかわいそうだな。コイツは馬鹿だからな」と平気で言います。子どもたちも怖さのあまり、父親に迎合しはじめることもあります。優しい女性ほど、父親のいない子どもにしてはいけない、離婚はできない、きっと彼はいつか変わってくれる・・・そう信じて我慢します。

ある日、子どもの一人が「お母さん、このままじゃ、お母さん死んじゃう。逃げよう。お父さんと離婚して。」と言いました。この一言をきっかけに「子どもの心も死んでしまう。子どもも危ない。」と感じて、子ども4人を連れて逃げました。このお母さんの保護命令申立て事件が私のはじめての事件でした。お母さんが逃げるために、多くの支援者の連携がありましたし、気づかれないように逃げ出すため、着の身着のままでした。逃げ切ったときの解放感、人の顔色をみないで生活できる当たり前の毎日に生きる意欲を少しずつ取り戻していきました。

その後も何件も保護命令申立て事件を担当してきました。一つ一つの事件で、母親のSOSを受け止めて、連携して、パスをつないで、けっして油断せず・・・。すべては母親と子どもの安全のためです。そして、DV被害から脱出させることは、これ以上、父親を加害者にさせない、今回のような事件を起こさせないということにもつながっているのだと思います。自分ができることは限界があるのですが、SOSをキャッチして、正確に、慎重につなぐこと、命を守ることにこれからも真剣に向き合っていきたいと思います。

なぜ、人は人を叩いたり、いじめたり、苦しめたりするのでしょうか。苛立ちを全て他人のせいにしたり、自分が常に優位に立とうとしたりするのでしょうか。「自分がされて嫌なことは人にしない」すごくシンプルだと思うのですが、この価値観を共有することはとても難しいことなのでしょうか。DV事件に出会うたびに頭の中がぐるぐる回ってしまいます。


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