
● 18年09月11日 ひょうきん弁護士
ひょうきん弁護士2 №18 弁護士40年の表彰を受けて(2012年事務所だよりから) その2
安部 北九州市は昔、同和行政で窓口一本化といわれる政策を行っていました。同和行政は部落解放同盟という民間団体を […]
安部 北九州市は昔、同和行政で窓口一本化といわれる政策を行っていました。同和行政は部落解放同盟という民間団体を […]
東 弁護士40年の表彰おめでとうございます。安部先生が駆け出したったころはどんな時代だったのですか(ちなみに私 […]
その裁判の立替金が100万円を超えた時、所長代理の吉野弁護士が言った。 「この赤字をどうするのか」 「どうする […]
30年前、私は北九州第一法律事務所に入所した。働く人達の人権を守る弁護士になろうと決意してのことだった。 その […]
事件が起こった時、新聞は「谷市長肋骨を折る」という見出しで報道した。左第七、第六肋骨骨折の診断で約1ヶ月の安静 […]
はじめに 私は前野氏と一緒に1968年に司法試験に合格した。前野氏は九大ストレート、司法試験も4年生で合格した […]
当選した日の夜 三浦久は当選した。その日の夜池永氏と二人で三浦久氏の自宅を訪問した。二人の目的は北九州第一法律 […]
弁護士達はしぶしぶ依頼者の個別訪問を始めた。 行くと依頼者は「何事ですか」とびっくりしたが 「選挙です」と説明 […]
入 所 1971年4月、私は北九州第一法律事務所に入所した。弁護士は6人で、所長は三浦久氏だった。 三浦氏は衆 […]
筑豊じん肺訴訟―国とは何かを問うた18年4か月 著者 小宮 学 海鳥社 筑豊じん肺訴訟の原告弁護団事務局長であ […]