● 16年11月21日 ひょうきん弁護士
ひょうきん弁護士2 №170 第三章 ひょうきん弁護士 告訴さる (5)
検事から私に電話がかかってきた。
「先生、出頭してください。暴行罪で告訴されています」
「告訴状には何と書いてありますか。被告訴人に私の名が書かれていますか」
「いいえ、氏名不詳になっています。しかし、前ハゲの小男で、地味な背広を着た50歳前後の弁護士といえば先生しかいないでしょう」
「それは明らかに誤っています。私はまだ33歳です」
「年のことは別にして、先生に間違いないでしょう。私も先生が暴行したなんて思ってもいません。しかし、告訴状が受理された以上、調べない訳にはいかないでしょう。ちょっと出て来てもらえば済むんですから。いつまでも放っておいても仕方がないでしょう。時間は先生に合わせますよ。先生の事務所からここまで5分もかからんでしょう」
「時間の問題ではなく私は取り調べを受けるという事がいやなんです」
「いや、取り調べなんてものじゃありません。ちょっと事情を伺うだけですから、30分もあれば済みますよ」
「せっかくですがお断りします」
「先生が出頭されなければ、相手の言い分だけで処理せざるを得ませんので不利になりますよ」
「私を脅しても、そんな脅しは通用しませんよ」
「そう頑なな態度をとらなくても、私を信用してもらえませんか」
「じゃあ、不起訴にするという一筆がもらえますか」
「そんなことできる訳がないでしょう」
「私は口約束で失敗した人間の弁護を何度もしました。あなたを信用しない訳ではありませんが、出頭は拒否します」
その後3ヶ月間、何の連絡もなかった。こちらから検事に電話する。
「弁護士の安部ですが、あの件どうなりましたか」
「ああ、あれは不起訴にしました」
あっけない幕切れだった。
事件の発端となった保母さんの解雇事件は、一審、二審と勝ち続け、あの反動の最高裁でも勝訴し、5年後に保母さんは保育所に復職した。このときには私を告訴した副園長はどこに消えたか、保育所からいなくなっていた。