ヤクザ その(二)

翌日小倉ホテルに私が一人で行くと、相手は三人来ている。本人を確認の上「連れの二人は何者か」と問えば会社の者だという。どう見てもヤクザとしか思えない。
「店にあなた達が来るので、私の依頼者は大変困っている」
「俺があの家は競売で落としたんやから、自分の家に行って何が悪いか」
「あなたの家でも、私の依頼者が借りています。依頼者がいやがっていますので来ないで下さい」
「俺が買うたのやから出て貰いたい。その交渉に行きよるのがなぜ悪い」
「明け渡してもらいたいのなら法的手続きを取って下さい。実力で追い出すのは違法です」
「あんた弁護士やからすぐ法的手続きという。わしらはそんなことはせん。『出入り』するのに、法的手続きを取ってするやつがおるか」
ふと、私が周りを見渡すと最初は三人であった喫茶店があっちのテーブルに四人、こっちのテーブルに三人と、店中ヤクザばかりである。全部で三十人はいる。
「しまった」と思いながら「法的手続きをとってください」と私は言い続ける。
そのうち、緊張のあまり私は喉が乾いてきた。テーブルの上には水が置いてある。これが飲みたい。だが、もしコップを取って手がブルブル震えたらと不安である。
私は我慢して「法的手続きを取ってください」と言いつづける。
しかし、その声もとうとうかすれてきた。もはや限界である。ゆっくりと右手でコップを持ち上げる。手はまったく震えていない。「さすがは安部千春」と自分に感心すると私は冷静さを取り戻し、
ゆっくりとコップの水を飲み干した。
「あのね、いつまで話し合っても仕方がないから私は帰るよ」
「これからも押し掛けるぞ」と、近くに座っていたヤクザが立ち上がって私によって来る。
「私は弁護士ですから、法を守るのが仕事です。これからも押し掛けるようなことがあれば、法的手続きを取ります」
と、ゆっくり歩いて出て行った。
四、五日後ヤクザはついに諦め、寿司屋さんに貸すと言ってきた。そしてこのヤクザを使っていた北九州市では有名な金融業者が現れた。
「初めてお目にかかります長浜でございます。先生のうわさはかねがね聞いておりました。脅しは通用しないようです。今後ともよろしくお願い致します」